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海底の熱水噴出孔は有機化合物生成炉として優秀であった。高温(200-350℃)、高圧(200-300気圧)の環境であり、大量の熱エネルギーが絶えず供給されている。周りの冷海水が地殻の裂け目からしみ込んで熱せられて上昇し、冷海水の中に噴き出し、冷却されるというサイクルができている。高温で合成された有機物は直ちに冷却されるので、熱による分解を避けることができ、かつ、何度でも反応するチャンスが与えられる。噴出する海水は、鉄、マンガン、銅、亜鉛などの金属イオンを普通の海水に比べて1000倍以上多く含んでいる。金属イオンは高温、高圧の熱水環境下で有機物を重合させる触媒として優秀であり、タンパク質や核酸の合成が進んだと考えられる。
海底の岩や泥の隙間を流れる海水の流れがそのまま生体物質を合成する代謝の流れになった。海底のあちこちに分布する種々の鉱物や金属イオンの助けを借りながら様々な一連の合成経路が生み出された。鉱物にへばり付いて蓄積した有機物がさらに複雑な反応のための分子表面を提供した。化学合成のエネルギーは熱エネルギーであり、二酸化炭素を固定するための水素は硫化水素から供給された。硫黄細菌などが利用している還元的カルボン酸回路によるであろう。カルボン酸回路は呼吸経路であるが、逆回転させると炭酸同化・光合成になる。余った硫黄原子は硫化鉄に取り込まれた。鉄硫黄（Fe-S）クラスターは酸化還元中心として機能する。呼吸、化学的炭酸固定、光合成、窒素固定を行う酵素で電子伝達を担っている。
誕生した化学反応の中でも、自身を大量に作りだす、自己触媒能力を持った反応が、大量に蓄積された。反応の実体は砂粒の表面に並んだ金属触媒だったかもしれない。不定形の有機物の塊で、金属触媒を含んでいたかもしれない。これらが結合して、ポジティブフィードバック反応経路のセットが生み出された。
海洋底のあちこちで独立に作り上げられたフィードバック反応触媒は海底とともに移動し、混合された。そのたびに新しい反応経路の組合せが試されることとなった。組合せが有効に働いた場合は、反応経路の自己触媒作用で触媒の数と量を増した。触媒の数を増やす反応（一連の触媒の組合せ）のみが海底に蓄積し、残ることとなった。やがて、種々のエネルギーや物質を獲得する手段を提供する反応経路が集合したセンターが形成された。それまでの不定形の触媒の塊よりは組織立った形をしていた。センターは擬似的な膜構造をもち、たゆまず体積を増す能力ができた。最初は、膜は穴だらけ、泥や砂の表面にへばりついた形ではあったが、膜の外の物質を取り込んで自身の構成成分を複製し、大きさをまして成長し、適当にちぎれて分裂した。そのときに生合成に必要な分子装置も2つに分かれた。
不完全な細胞は海嶺のあちこちにでき、海流に乗って移動することもあり、基本的には海底の動きに合わせて移動しながら付加体として混合された。単なる物質であった最初の細胞は、不都合が無ければ、混合されれば合体した。弧状列島が海流を妨げ、海底からの上昇流を生じると、流れに乗って、海面近くに達することもあった。そこで、海面を漂うヘテロ環金属錯体からなる光合成装置を取り込むこともあった。光合成のできる細胞はそのまま浅瀬付近でで強い紫外線と戦いながら光のエネルギーを取り込んで有機物を作り出す仕組みを整えた。細胞は分裂を繰り返す間に洗練された反応を所有するものだけが生き残ることになり、独立した生命体へと進化した。
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「生命」とは抽象的な概念で、地球上の生物の共通の性質をシンボルとして表します。「命」は生命の個別版です。とくに、特定の生物・個体の生命について使います。「生命体」とは生命に実体をつけた抽象的な概念です。地球上の生命体を意識して「生物」という言葉を使います。生物は我々が触れたり、観察できる実体の総称で、（１）遺伝子を利用して繁殖する。（２）繁殖するための仕組みを代謝によって得ている。の２つが主な定義です。単純にいうと複製と代謝です。
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細胞が誕生する以前の進化を化学進化と呼びます。生物と無生物との間です。今回の森羅は38億年前から35億年前の最初の細胞が形成された頃までを意識しています。生物と無生物の境界とは？ 生きている細胞と死んだ細胞との違いとは？ 培養細胞では死んだ細胞は代謝するか否かで判断されます。代謝していても増えない、すなわち、DNAの複製機能が損なわれている細胞も作り出すことができます。体の中の細胞は通常は分裂せずに、代謝のみを行っています。
そこで、化学進化の前提は代謝でしょう。代謝、特に生合成をする機能を持つ細胞がまず発生し、その中に効率的に複製するための遺伝子が備わったと考えます。
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自然界には分子の自己集合で構造体が作り出されます。よく見られるのは結晶です。自己集合と生命体（自己組織化）で違うのは、生命活動ではエネルギーや物質の流れに乗った、危ういバランスの基に構造体が作られていることでしょう。エネルギーや物質の流れがないと、生物体は自身を維持することができません。生命の起源を考えるときには、必ず、エネルギーと物質の供給を頭に入れる必要があります。
現在の生物には窒素と二酸化炭素を固定するものがあり、他の生物がこれを利用します。また、大部分のエネルギーは太陽光のエネルギーで、太陽光のエネルギーを化学エネルギーに変換する植物がいて、他の生物がこれを利用します。生物界が地球全体に進化する最初の引き金は細胞が光合成をするようになったことでしょう。光合成により、物質とエネルギーの流れが確立されました。
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生物は物質とエネルギーの流れに身を浸し、常に、システムが崩壊する危険にさらされながら自己組織化を続けてきました。長いときの果てに、放置したら自然に崩れてしまう構造を維持し増殖させるために、幾重にも安全装置を張り巡らせたシステムを作り上げたのです。人にあっては、死は明確なイメージを持っています。また、すべての動物は死につながる危険に対しては非常に敏感で、特に体を損なうような刺激に対して強く反応します。最も簡単な構造を持つ単細胞生物でも同じです。バクテリアですら、危険を察知して逃げます。言い換えると、危険に対して分子センサーを持ち、移動するための分子モーターを持ちます。
運動することのできない植物は体の一部が損なわれても、残った部分で再生できる能力を身に付けました。体のいたる部分が独立して生存できるのです。また、動物よりも環境変化に強い種子を作り出し、時代を超えて子孫を残すことができます。
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生と死。死んだらどうなるのか。人間にとって死後の世界は重要な問題でした。生物学的には死の後は生命は消滅します。しかし、人間にとって、命は特別で、そう簡単に消滅されることができませんでした。
死後の世界の一つは地獄です。日本の地獄のイメージは往生要集によって形成され、普及しました。往生要集は平安時代半ば、十世紀後半に源信によって書かれました。針の山や血の池など、いわゆる八大地獄とその中のありさまが、具体的に、微に入り細に入り描かれています。江戸時代には地獄のイメージが、絵に媒介されて、広く民衆の間に浸透しました。逆に、天国に対するイメージはあまり具体的ではありません。食足りて、労働しなくともよい衛生的な生活、ということでしょうか。
地獄のイメージが豊富なのは、当時、自然災害、怪我や拷問による実例がイメージを豊富にさせたのではないでしょうか。ヨーロッパでは同じ頃、ダンテによる地獄とイメージと共通点が多いことが注目されます。
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生物は誕生以後、地球環境に翻弄されながら、また、地球環境に大きな影響を与えてきました。生き残るために環境を変えました。そういった総体が生命でしょうか。植物と昆虫、微生物がつくりだす土壌、シロアリの巣なども生命の一部でしょうか。人間は他の動物に比べて多くの産物を生み出しました。住宅や都市が生き物に擬え得る形や機能をもつのがこれらが生命の一部であるからでしょうか。コンピュータは人間の産物ですので、同じように生命の一部。そして、コンピュータのメモリー空間にプログラムとして独立した生命形態が現れてくるでしょう。もしかしたら、コンピュータ・ウィルスやワームは人間の手を離れ、すでに進化への過程にあるかもしれません。
地球の生態系全体をひとつの生命体と見てガイアと呼ぶ考え方があります。もちろんガイア自身には繁殖能力はありませんので生命体ではありません。しかし、多くの生物が環境を維持し、再生産していますので、生命活動を行っています。修復能力があるので、ある一定量を宇宙の適当な場所に移せばそこに複製を作る可能性があります。人類もガイアの一部で、かつ、宇宙計画を立てている唯一の生命体ですから、人類がガイアの種（たぶん最初のタネ）ではないでしょうか。
つづく
